どれだけ大切にしている車にも、
いつかは別れの時がやってきます。
故障や事故かもしれません。
生活環境の変化かもしれません。
あるいは、新しい車との出会いかもしれません。
愛着があればあるほど、
その別れは寂しいものです。
でも私は、
愛車との別れは決してカーライフの終わりではないと思っています。
車との付き合い方が変わること。
生活に合わせて選択が変わること。
それもまた、
カーライフの一部ではないでしょうか。
今回は、
「相棒との別れは必ず訪れる」
というテーマについて、
私なりの考えを書いてみようと思います。
愛着のぶんだけ寂しさがある
人も車も、出会いがあれば別れがあるものです。
ワクワクしながら迎えた納車の日。
快適なドライブを助けるカー用品を揃えたり、
同乗者と普段は出来ないような会話をしたり、
故障やトラブルで焦ったり。
そんな思い出が蘇ってくるのが、
愛車とのお別れの日。
寂しさを感じるのは、
思い出がたくさんあって、
愛着がたくさんあったからだと思います。
別れには様々な形があります。
- 事故
- 故障
- 経年劣化
- 生活環境の変化
- 趣味嗜好の変化
事故や大きな故障がない限り、
乗り続けることはできるかもしれない。
でも、お金や手間といった現実問題が現れます。
そうすると、手放すという選択をするのが自然です。
「現実的な話をすれば、この車体は一般的には限界って言われるところだ。」
「ガタを全部直そうと思ったら、車体価格を超えるぞ。」うっ、やっぱりそうだよな。
ソニカの人#004より引用
たくさん乗ったし、覚悟はしていた。
でも、現実は厳しいよな。
カーライフの形は変わり続ける
カーライフの形は、
人生とともに変化していくものです。
どれだけ大切にしていた車も、
いつかは寿命を迎えます。
ソニカを手放すことは、まだ少し寂しい。
ソニカの人#005より引用
でも、その寂しさがあるから、ちゃんと大切にしてきたのだと思える。
でもそれは、人生と一緒で
次のステップへ進むための第一歩
でもあります。
今までは目の前の相棒が最良で最善だった。
今の生活では、その前提が少しだけ変わった
ということです。
それは、人生が前に進んでいる証でもあります。
相棒とは何だろう
出会った頃は、目の前の1台が相棒だった。
たくさんの思い出を作り、
たくさんの記憶が残った。
そろそろ別れの時期が差し掛かったと感じる頃にふと気づく。
前のオーナーも同じような思いで別れたのかもしれない
ということに。
前のオーナーから受け取ったバトンを、俺はたくさん走らせた。
そして今度は、ふたりの暮らしに合う相棒を迎える。ソニカとの記録と記憶は、なくならない。
ソニカの人#005より引用
たぶん、それも含めて俺のカーライフなんだと思う。
カーライフとは、その一時を指すわけではなく、
常に人生に寄り添うもの。
そう考えると、その一連の流れを含めて、
カーライフそのものが相棒なのかもしれないですね。
別れは終わりではない
別れがやってきたということは、
新たな生活が待っているということだと思います。
新たな車を買ったのかもしれない。
一旦車から離れるのかもしれない。
マイカーでも、カーシェアでも、レンタカーでも、
車との付き合い方はたくさんあります。
今の生活に合うカーライフをみつけられたのなら、
それがあなただけの正解なのだと思います。
もしも今、愛車との別れを考えているのなら、
その選択はカーライフの終わりではありません。
これまでの思い出も、
これから出会う景色も、
すべて含めてカーライフの一部です。
相棒との別れは寂しいものです。
でも、その寂しさがあるからこそ、
次の一歩にも意味が生まれるのだと思います。


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