手にしたのは小さな理想の暮らしと移動の自由だった

手にしたのは小さな理想の暮らしと移動の自由だった

ひょんなことから引越しを考え、
かつて楽しんでいたカーライフを取り戻したくなった。

そんな、どこにでもいる独身男性と、
ちょっと古くて安いけど、楽しい軽自動車の物語。

目次

きっかけは外からやってきた

仕事が忙しい日々が続いていた。

そんなある日、買い物帰りに郵便受けを見ると
1枚の封書が届いていた。

── 賃料割引期間終了のお知らせ

「そっか、もうそんなに経つんだ。」

5年前に住み始めたこの家。
都内のとある住宅地。

ちょっと古いけど、
駅近で、広くて、何より家賃が安い。
当時の私にとっては最高の家だった。

「あなたの場合条件を満たしているので、5年間賃料を割引できますよ。」

そんなありがたいお話を受けて、
今の家に住み始めた。

それから5年。
時が経つのは本当に早い。

独身の私には手広過ぎた家。
当時は通勤していたけど、今は通勤の機会が減った。

「生活について考え直してもいいかもしれないな。」

そんなことを考えながら夕飯の支度を始めた。

懐かしい記憶と苦い記憶

週末に散歩をしていると、
昔乗っていた車が横切った。

「お、BGレガシーだ。懐かしい。」

免許取りたての頃に購入して、
DIYメンテナンスをしたり、ドライブに使い倒したり──

楽しかった記憶がよみがえる。

「そういえば、維持費が高すぎて手放したんだよな。」

都内の駐車場代はとても高かった。

駐車場代
自動車保険
車検
整備
税金
ガソリン代

出先のコインパーキングだってかなり高い。

ふと、先日の封書を思い出した。
引越を検討していたんだった。

「ん?もしかして郊外に引っ越したらカーライフを再開できるか?」

昔から車が好きだった。
いつしか忘れ去ってしまっていた感覚が呼び起こされる。

思い立ったらいつでも旅立てるワクワク。
深夜のドライブと缶コーヒーの香り。
車中で仮眠を取ったPAと朝の喧騒。

「それもいいかもしれないな。」

帰り道の足取りが軽くなった気がする。
そんな夕暮れ時だった。

ワクワクが止まらない夕暮れの記憶

帰宅してすぐに情報を集め始めた。

元々DIYメンテが好きだった。
所有したらきっとたくさん走る。

新車じゃなくていい。
いや、むしろ古い中古車のほうが都合がいい。
購入費用を抑えた分、メンテナンスやドライブに費用をあてたい。

コンパクトカーで十分だし、
ドライブが楽しくなる車がいい。

パソコンで調べ始めると、ある文字に目が留まった。

──10年以上前に開発されたダイハツの軽スペシャリティーカー

「えっ?なにそれ、気になる。面白そう。」

調べれば調べるほど面白い。

某高級車の乗り心地を目指した軽自動車。
全グレードターボ仕様。
長距離ドライブでも疲れにくい爽快ツアラー。

軽自動車ほどのコンパクトは考えていなかった。
でも、何か惹かれるものがそこにあった。

すぐに中古車情報サイトで検索した。

ダイハツ ソニカ
2007年式
走行距離68000km
ワンオーナー車
29万円

目ぼしい車体を見つけたので問い合わせをしてみた。

「サイトに掲載されているソニカってまだ在庫ありますか?」

「はい、いつでもご覧いただけますよ。」

「明日午後に伺います。」

「準備してお待ちしていますね。お気をつけてお越しください。」

予約は拍子抜けするほどあっさり完了した。


「次は引越し先候補だな。」
「えっ?このエリアって家賃こんなに下がるの?」

驚いた。
東京ってこんなに家賃が高かったんだ。

「駐車場の相場もめちゃくちゃ安い。」

思えば、
今の暮らしは手に余るものがあった。

通勤頻度が減っているのに、
都内の駅近に住む必要は無い。

独身なのにこんなに広い部屋である必要もない。
家具も少ない。

「通勤1時間圏内なら東京から出ても良いかも。」
「間取りも1Kで十分なんだよな。」

明日の午前中にでも不動産屋へ行ってみよう。

暮らしが大きく変わる一日

次の日、
珍しく朝早く起きて、朝食を済ませた。

「よし、いってみるか。」

引越先候補の地域にある不動産屋。
家賃相場をざっくり確認しただけ。
準備も予約もしていない。

「こんにちは。予約していないんですけど、引越相談出来ますか?」

「はい。今すぐ大丈夫ですよ。」

すんなり入れた。
ラッキー。

「どんなお部屋をお探しですか?」

「えっと、この辺のエリアで1Kの部屋を。」
「出来れば駐車場併設のアパートが良いです。」

「駅までの距離や近隣施設の希望はありますか?」

やばい、考えてなかった。
ここから勤務先までは50分くらいか。
駅徒歩10分圏内なら嬉しいな。

「駅徒歩10分圏内でお願いします。」

駅前にスーパーもコンビニもあるし、
特に困ることは無さそうだ。

「それなら、この物件なんていかがでしょうか。」

ドキドキ。

「えっ!?家賃駐車場込みでこの値段??」

「はい、このエリアだと相場通りくらいですね。」

こみこみでも今の家賃の半額くらい。
今まで生活について考えなかったことを悔やむほどだった。

「ここ良いですね。」

「今から内見しますか?」

おお、すぐに見られるんだ。

「是非お願いします。」

──1時間後には契約書を交わしていた。


その日の午後、
昨日予約をした中古車販売店へ向かった。

「おお、中古車屋じゃなくてガソリンスタンドだったんだ。」

そこは、大手のガソリンスタンドだった。
店舗の片隅に昨日見た写真の車が佇んでいた。

「お、あの車だな。小さくてかわいいな。」

なんて、敷地外からちょっと眺めてたら、

「こんにちは。昨日お電話いただいた方ですか?」

「はい。本日はよろしくお願いします。」

──バレちゃった。
声掛けるつもりだったから良いけど。

「この車は、新車のときから当店でお付き合いさせていただいていたんです。」
「前オーナーさんが丁寧に乗られていたので、状態はとても良いですよ。」

おお、店員さんのお墨付き。
期待しちゃうかも。

「早速みさせていただいてよろしいですか?」

「もちろんです。エンジンかけますね。」

──元気なエンジン音。
古いけど、走行距離が少なく、
目だった傷や汚れも無い。
外装パネルに色の差もないし、
無事故で丁寧に乗られた車だったのだろうと伝わってくる。

「この車、買いたいです。」

「ありがとうございます。さっそく書類の準備をしますね。」

車検が半年くらい残ってるんだ。
整備もほとんど不要らしい。
見た感じ確かにそうだよな。

「名義変更手続きと、車庫証明手続きが必要になります。」
「書類が揃えば2週間くらいで納車できる見込みですよ。」

「ありがとうございます。早速書類を準備してお送りしますね。」

「お待ちしています。お気をつけてお帰りくださいね。」

購入手続きはあっさりと完了した。

相棒との出会いと始まりの日

2週間後。
今日は納車の日。
引越も終わり、片付けも済んだ。

単身だし、
荷物も少ないからあっという間だった。

さて、行こうかな。

まだ慣れない新居からの電車移動。
慣れない道。
慣れない駅。
慣れない電車。

新生活が始まった実感がそこにあった。

程よい郊外。
緑の香りと静かな町。

これから楽しくなる予感がした。

──電車に乗ること1時間。

お店に着くと、先日の店員さんが近寄ってきた。

「こんにちは、お車、バッチリ仕上げておきましたよ。」

「ありがとうございます。楽しみにしていました。」

さっそく車と対面。
おぉ、ピカピカに仕上がってる。

「この車、不人気車として短期間で終売しちゃったんですよね。」

「そうみたいですね。今の俺には最高の相棒になる気がしているのに。」

「そう言っていただけて嬉しいです。」

「大切に乗らせていただきますね。」

カギを預かり、エンジンを掛ける。
軽自動車らしい控えめなエンジン音。
久々に握るマイカーのハンドル。

──ワクワクが止まらない。

思えば、長い間カーシェアを使っていた。
ちょっとした買い物、ちょっとしたお出かけ。
チョイノリならカーシェアで十分だった。

でも今は──

「今日からよろしくね。」

相棒の回転数がちょっと上がった気がした。
そんなわけないのに。


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